が、その記憶もつづかなかった。
第二に貸本屋のおかげだった。
彼は只見すぼらしさの為に彼を生んだ両親を憎んだ。
散ると見て あるべきものを梅の花 うたてにほひの袖にとまれる 【現代語訳】 いずれ 散るものとして見ているべきものを、梅の花よ… ひどく匂いが袖に付いてしまった 【詞書】寛平御時きさいの宮の歌合のうた 【作者】素性 そせい 【採録】古今和歌集、定家八代抄など 【派生歌】散ると見て あるべき春もなきものを うたて桜を風の吹くらむ 藤原家隆 【補足】素性は 三十六歌仙の一人です。
こう言う復讐をする教師を憎んだ。 彼は四学年を卒業した時、こう言う借りものの小説の中に「猟人日記」の英訳を見つけ、歓喜して読んだことを覚えている。 が、それ等は腰の高い、赤いクッションの色の 褪 ( さ )めた半世紀前の古椅子だった。
10彼はその冷たい光の中にやっと彼の前に展開する人間喜劇を発見した。
玄鶴が彼女を貰ったのは彼女が或大藩の家老の娘と云う外にも器量望みからだと云うことだった。
彼等の或ものは 臆病 ( おくびょう )だった。 父の教えた所によれば、古い一冊の玉篇の外に漢和辞典を買うことさえ、やはり「 奢侈文弱 ( しゃしぶんじゃく )」だった! のみならず信輔自身も亦 嘘 ( うそ )に嘘を重ねることは必しも父母に劣らなかった。
が、ちょっと 頷 ( うなず )いたぎり、何も言わずに 狸寝入 ( たぬきねい )りをした。
……… 信輔は才能の多少を問わずに友だちを作ることは出来なかった。
のみならず妾宅に置いてあった玄鶴の秘蔵の 煎茶 ( せんちゃ )道具なども催促されぬうちに運んで来た。
」 それはもう夜の十時頃だった。
………お父さんにも一応話して見れば善いのに。
それは妙に切迫した、詰問に近い 嗄 ( しゃが )れ 声 ( ごえ )だった。
が、体裁を繕う為により苦痛を受けなければならぬ中流下層階級の貧困だった。
この恐怖や 逡巡 ( しゅんじゅん )は回向院の大銀杏へ登る時にも、彼等の一人と喧嘩をする時にもやはり彼を襲来した。 玄鶴はお芳の去った後は恐しい孤独を感じた上、長い彼の一生と向い合わない 訣 ( わけ )には行かなかった。
実際彼の自然を見る目に最も影響を与えたのは見すぼらしい本所の町々だった。
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それとも まだらに積もった雪がまだ残っているのだろうか 【作者】大伴家持 おおとものやかもち 【採録】万葉集 まんようしゅう 【補足】家持は 三十六歌仙の一人です。
が、その「生意気である」 所以 ( ゆえん )は 畢竟 ( ひっきょう )信輔の独歩や 花袋 ( かたい )を読んでいることに外ならなかった。
けれどもお鳥を 苛立 ( いらだ )たせるには絶好の機会を与えるものだった。 しかし中学を卒業する頃から、貧困の脅威は曇天のように信輔の心を圧しはじめた。 並み木もない本所の町々はいつも 砂埃 ( すなぼこ )りにまみれていた。
それは彼女の失策と云っても差し支えないものに違いなかった。
お鈴は彼女には「お嬢様」だった。