「をかし」は「面白い」とか「趣がある」と訳しますが、この面白いは、おかしくて笑ったときの面白いとは意味が違います。 あなたの毎日がきっと楽しくなる、 おでかけメディア「アウモ」 Copyright aumo, Inc. すっかり日が落ちると、風の音や虫の音などが様々に音を奏で、またこれも言葉に尽くせないほどに美しいものです。 それに、 君なくて あしかりけりと おもふにも いとど難波の 浦ぞすみうき とかきて封じて、「これを御くるまにたてまつれ」といひければ、あやしとおもひてもてきてたてまつる。
12月の頃はさらなり。
『いとをかし』『いとあはれ』の意味と使い方について紹介していきます。
(それは前の夫のことで)どうしているだろうか、困難な状況だろうか、良い暮らしをしているだろうか、私がいる場所も知ることができないだろう、人を行かせて探させようと思うが、(その男とどんな関係だろうと思われるのも)不愉快だし、私の今の夫が聞いて、(自分以外にほかに夫がいたのかとバレて夫婦仲が)不愉快な事態になっても困ると(前の夫を探すのを)ぐっとこらえて我慢しつづけていたが、それでもやはり、前夫のことが非常にいとしく思われたので、今の夫に言ったことには、「摂津の国という所の、非常に風情のあるという名所に、なんとかして、神に祈って厄災をはらいきよめる行事をしがてらお参りしよう」と言ったところ、「それはとても良いことだ、わたしも一緒に」と今の夫が言ったので、「あなたは、お出かけなさいますな。
5【訳】難波ではらい清めを行って、いまにも帰ろうとするときに、「この辺で見ておかなければならないことがある」と言って、「もうしばらく、あっちへやれ、こっちへやれ」と言いながら、自分の牛車を行かせながら、昔住んでいた家があったあたりを見るが、家屋も無く、人もいない。
「いとおかし(いとをかし)」は、平安時代の日本人の感性を表す言葉で、さまざまな意味を持ちます。
【本文】「いとあはれに、かかる物商ひて世に経る人いかならむ」といひて泣きければ、ともの人は、なほ、おほかたの世をあはれがるとなむおもひける。
そこで今回は、その中でも珠玉の作品を紹介しますので、そこに託された高校生活への思いに、趣を感じたり、しみじみしたりしていきましょう。
驚異の1%越え! それもそのはず、『古典対照語い表』の巻末資料によると、『枕草子』における『をかし』の割合は全語の内、上位8位に食い込んでいます。
幼き物なり」といふ時に、硯を乞ひて文をかく。 」と言ったところ、「行きずりの者に、どうして多くお与えになるのだろう」などと、その場にいる人々が言ったので、無理にでもとは言いにくくて、なんとかして品物を前の夫に与えようと考えているあいだに、 【本文】下簾のはざまのあきたるより、この男まもれば、わが妻に似たり。 【訳】すだれの下のすきまの空いている所から、この男がじっと見たところ、自分の妻に似ていた。
15ある人の不幸な身の上話を聞き、不憫に思い、もらい泣きをしたとします。
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6 感服させられるさま。
しかし近年は、自由な現代語への翻訳も行われており、翻訳者の感性によってさまざまに表現されています。
指輪をその日のうちに持って帰れるので、感動もヒトシオ… オーダーメイドリングというとマリッジリング(結婚指輪)を思い浮かべますが、既製品でもサイズ合わせや刻印がセミオーダーになって、注文~受け取りまで 1カ月ほどかかるのが基本。 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。 この2作も対比して語られることが多くあります。
9ですから「あはれ」という語が多いのも納得でしょう。
セブンイレブンを通り過ぎて、 右手に銭湯「葉村温泉」を見ながら、そのまままっすぐ! すぐ先に 「白龍神社」ののぼりが出現するので、 そのまま細い路地を進んで、白龍神社へお参りしましょう^^ すると隠れ家的な古民家が出現するではありませんか。
これを見て、もっとよく見たいので、「このアシを持っている男を(目下の家来に)呼ばせなさい。 【本文】「しばし」といはせけれど、人の家に逃げいりて、竈のしりへにかがまりてをりける。
9「何方へいにけむ」とかなしう思ひけり。
(紫式部日記『新編日本古典文学全集』小学館 p201 より引用) 現代に燦然と輝く名作を残した才能ある2人だったからこそ、互いに譲れない部分も多くあったのでしょう。
「をかし」の代表である清少納言の「枕草子」では「 趣がある、風情がある」と訳されることが多く、現代でも同じように認識している人が多いです。
18印象的なお店のロゴ、よく見ると大文字アルファベットの「 ITOAWARE」という文字が重なり合っているんです! ちなみに「いとあはれ」とは日本の古語で、 「ああ、美しい…」という感動する様を表現しているのだとか。
この車より「なをこの男たづねて率て来」といひければ、供の人手を分ちてもとめさはぎけり。
清少納言は蛍や夏の雨には頭脳を働かせての情趣を感じ、夕暮れの烏には心に響くようなようなしみじみとした趣を感じたのです。
職人であり、接客も担当するアミさんがひとつひとつ丁寧に教えてくれました。