- 発売日 題名 備考 リリース国 1 1969年12月15日 在籍中にリリースされた作品 2 1971年12月21日 3 1972年9月10日 4 1973年8月21日 5 1974年9月10日 6 1974年12月21日 - 1975年1月21日 KENJI 内容は『THE FUGITIVE 愛の逃亡者』と同一 7 1975年12月21日 - 1976年2月1日 KENJI SAWADA 内容は日本版と同一 8 1976年4月21日 9 1976年12月1日 10 1977年11月15日 - 1978年4月 rock'n'roll child 日本国外のみでのリリース 11 1978年8月10日 12 1978年12月1日 13 1979年11月25日 14 1980年7月21日 15 1980年12月23日 16 1981年6月10日 17 1982年6月1日 18 1982年12月10日 19 1983年3月5日 当初カセットテープのみで発売された 20 1983年10月1日 21 1984年6月5日 22 1985年9月21日 23 1986年6月25日 24 1987年5月25日 25 1988年7月24日 26 1989年10月11日 27 1990年6月20日 28 1991年6月14日 29 1992年6月10日 30 1993年11月17日 31 1994年12月14日 32 1995年12月13日 33 1996年9月19日 34 1997年6月25日 35 1998年7月15日 36 1999年8月25日 37 2000年9月13日 38 2001年6月20日 39 2002年9月1日 初回ブック型特殊ケース仕様。 (2008年の還暦を記念したドーム公演「人間60年・ジュリー祭り」や、2017年のデビュー50周年ツアー等、キャリアを総括するコンサートでは一部、例外もある)• 神戸オリエンタル劇場をあわせて全21公演 ロックの王様プレスリーがモチーフ 24 1998年 ブルーエンジェル(共演:) CD 1998年2月-3月 シアターコクーン全61公演 ロイヤル・シェイクスピアカンパニー初演、映画にもなった「嘆きの天使」の翻訳ミュージカル 25 1998年 ACT VHS、DVD 1998年11月19日収録。
8宮川彬良へのインタビュー。
」、翌29日に「フィルム初号完成。
翌には「」が58万枚を売り上げ2曲目のオリコン1位を獲得した。 本作新登場のキャラクター。
やでの議論にご協力ください。
古代は地球を救う為、最後の手段を覚悟し残存乗組員に退艦を命令、そして一人艦長として席に付きヤマトを静かに発進させるが、その時、美しい光と共にテレサが現れ、特攻する決意のヤマトに手を差し伸べ、自らの反物質の身体が役に立つと語った。
乗組員は艦隊司令の土方を除いて全員戦死した。
デスラーの乗艦。
なお、同じ高校の同学年に女優のがいた。
以下は主なシーン。 当時の音楽番組では、沢田研二さんを見ない時はないというほどの人気を誇っていたようです。 (1995年、アルバム『宇宙戦艦ヤマト ソング・コレクション』に収録)• 『我が名は、ジュリー』(中央公論社・沢田研二著、玉村豊男 編集) - 1985年6月に大型本、1986年12月に文庫本発売。
SPLEEN~六月の風にゆれて~ 「不經不覺」• 8月発売の移籍第1弾の作品は、沢田自身が作詞・作曲したシングル「」。
音楽盤の詳細は各項目を参照。
- の創業者• この方式は本作以降も用いられ、本作の楽曲を流用した『』と、第1作と同じ形式 で収録した『』以外の作品では、制作初期に各種モチーフ楽曲を作曲・収録し、制作がある程度進行した後に、映像により合ったBGM用の楽曲の作編曲・収録を行うという、2段階に分けた音楽制作方式がとられるようになった。
1982年「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」ヒット中に歴代1位になった。
108-110(土方が艦長になるシーン)。
当時はアニメに人気歌手を使うことは異例だったが、沢田が歌う「」はオリコンにもランクインするほどのヒットとなった。
- 沢田のバックバンド• 松本は(現実世界の)戦争の記憶の残る時期に発表された前作において「目的を果たし、生還する」というメッセージ性を強く意識しており、ゆえに彼は本作の結末がを美化するとして良しとせず、「生き残って再建の苦しみを描くべき」と主張した。 また、2009年には廉価版である「EMOTION the Best」が発売された。
BDには両方が収録されており、どちらかを選択して再生できる。
同年10年間に渡って継続する音楽劇 ACTシリーズがスタート。